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大阪家庭裁判所堺支部 昭和39年(家)365号 審判 1964年6月11日

申立人 水野松子(仮名)

相手方 水野一男(仮名)

主文

一、相手方は申立人に対し、金一九万四、八〇〇円を分割して昭和三九年七月以降完済に至る迄毎年七月末日と一二月末日金二万円ずつ(最終会は金三万四、八〇〇円)支払え。

二、相手方は申立人に対し、昭和三九年五月以降昭和三九年一〇月迄毎月末日金一万九、四八〇円、昭和三九年一一月以降別居期間中毎月末日金二万〇、九八〇円ずつ夫々支払え。

理由

申立人は「相手方は申立人に対し生活費として一ヵ月金一万六、〇〇〇円ずつを支払え」との審判を求め、申立書記載のような理由を述べた。

本件は、もと昭和三七年四月一七日当庁に一男が申立人となり松子を相手方とする離婚の調停申立をなし(昭和三七年(家イ)第七四号事件)、同事件は同年八月二日取下げられ、即日松子が申立人となり一男を相手とする生活費請求の調停申立をなし(昭和三七年(家イ)一三八号事件)、同事件は同年九月六日不成立となり、審判手続(昭和三七年(家)第四六二号事件)に移行したが、同事件は昭和三八年五月一四日取下げられ、再び昭和三八年七月二五日松子が申立人となり同上の調停申立をなし(昭和三八年(家イ)第一二六号事件)、同事件は昭和三九年五月三〇日不成立となる経過をたどつて移行した審判手続である。

そこで本件並びに上記関連事件各記録添付の当庁調査官作成の調査報告書、筆頭者水野一男の戸籍謄本、大阪府知事名義の家賃滞納報告書、○○電線株式会社並びに○○交通株式会社(昭和三七年六月二七日、同年一〇月二〇日、及び昭和三九年三月一〇日付)の回答書、同会社の給与明細書(昭和三八年一一、一二月分、昭和三九年二、三月分)の記載及び前記各事件の経過によると、次の事実を認めることができる。

(1)  申立人と相手方は昭和二二年一二月一七日婚姻し、長女初子(昭和二四年四月二四日生)、弐女洋子(昭和二七年一〇月八日生)及び参女俊子(昭和二九年一〇二八日生)をもうけた。

(2)  相手方は結婚当時は警察官であつたが、昭和二七年中に同職を退き、直ちに○○鋳機(大阪市東淀川区○○町)に昭和三〇年一〇月から○○タクシー(大阪市城東区○○町)に、更に昭和三七年三月二〇日から○○交通株式会社(同市天王寺区○○○町)に夫々自動車運転手として雇われ、その後引続き○○交通に勤務しているものである。

(3)  ところで、相手方は前記のように○○鋳機に入つた頃から生活が乱れ出し、申立人に対する月々の給料入れも不定となり、自ずと夫婦仲も悪くなつて、○○タクシーに入るや、通勤先が自宅(申立人の現住する府営住宅)から遠く隔つているため、会社の寮に寝泊りし、非番日には帰宅すると騙し、申立人や子のもとを出奔して以来遂に再び帰らない。

(4)  それは相手方が○○鋳機在職当時にアルサロで知合い深い仲となつた佐山啓子(その後相手方の父と養子縁組をなし、現在の姓は水野)と同棲するに至つたからである。

(5)  前記出奔後申立人が相手方から受領した金員としては、別件昭和三七年(家)第四六二号生活費請求事件(前出)の当庁係属当時本裁判官の勧告にもとづき、前記佐山啓子の名義にて、しかも相手方が手許不如意を理由に頑として子に対する扶養料の支払を拒むのを見るに見兼ねた同啓子の実母が、年の瀬を控えた申立人の貧児に対する同情の余り、立替え同女に手交して、裁判所に送金し来つた金三、〇〇〇円だけである。

(6)  申立人の生活状況は次のとおりである。

(イ)  申立人は昭和三〇年一〇月相手方から遺棄されて以来、長女初子(現一五才、○○中学校三年生)、弐女洋子(一一才、○○小学校六年生)及び参女俊子(九才、同四年生)の三子をかかえ、保険外校員や家政婦として働く傍ら内職もし、実家の援助にもすがつたが、生活の苦難は増加するばかりで、昭和三〇年一二月一九日からは生活保護法による扶助を受けるに至つた。

(ロ)  申立人は現在○○電線株式会社(大阪府泉北部○○町南○○○○)の工員として働いているが、平均月収額は八、八〇〇円で、職業に必要な費用を控除すれば実収月額は約八、〇〇〇円となる。他に資産はない。

(ハ)(イ)記載の生活扶取はその後一時打切となつたが、昭和三七年一〇月から再開され、その後引き続き現在も受けている。昭和三九年四月改正、実施された生活保護基準に基き制定された昭和三九年四月分同基準額金二万一、七五一円(一万九、五七一円及び母子加算金二、一八〇円の合計額)で、支給生活扶助額は金一万一、六一三円でる。

(ニ)  なお申立人は同法による児童扶養手当として昭和三八年五月分以降月額二、一〇〇円の支給を受けている。

(7)  相手方の生活状況は次のとおりである。

(イ)  相手方と現在生活を共同しているものは、前記婚外の婦啓子(以下同女という)とその先夫の子(相手方はこれを虚偽認知し自己の戸籍に入らしめた)吉男(昭和二六年一〇一七日生、中学一年生)の二名である(以前同居していた同女の実母は死亡した)。

(ロ)  相手方はタクシー運転手として年二回の賞与を含み平均月額三万九、七〇〇円(社会保険料、税金、組合費を除きたるもの)の収入があるが、毎月平均四、七〇〇円を食費、事故金、洗濯代、組合貯金として天引され、更に通勤費として月九六〇円を要するので、平均手取月額は約三万四、〇〇〇円である。

(ハ)  なお相手方はいずれも別居後に生じた

A  オートバイセールスマンとしての販売上の失敗により買入先に対し負担する金二八万円の支払義務に関する裁判上の和解による月賦支払金(昭和三三年一月から昭和三九年一〇月まで)三、〇〇〇円(当初は五、〇〇〇円であつたが後話合により変更)。

B  相手方の住居移転費用その他生活費のための借入金七万円(うち金二万円は現勤務会社から、金五万円は労働金庫から)の月賦金(昭和三八年一一月から同三九年八月まで)七、〇〇〇円

の夫々債務を負うているので、その債務終了までの手取金は前記金三万四、〇〇〇円から同A及びBの債務額を控除した残額金二万四、〇〇〇円程度である。外に資産はない。

(ニ)  前記啓子は住所変更の都度種類こそ異つてはいるが内職をしているものである。収入は不定である。

按ずるに、本来互に生活保持の義務ある夫婦が別居した場合と雖も、未成熱の子の監護養育料をも含めて一切の婚姻費用は夫婦が相互にこれを分担をなすべき責任なるものは、同居の場合と異なるところなく依然として存続すべく、申立人と相手方の夫婦別居が、その原因たるや相手方の不貞行為の点にあり、その実体たるや相手方における申立人及び未成熟子に対する悪意の遺棄の点にあるというような相手方の責に帰すべき事由に基づくものであつて、申立人においては何等その責に帰すべき事由と目さるべきものなき本件にあつては、とくに前記責任は強調せらねばならず、現に妻子が叙上(6)の(ハ)記載のような公的扶助を受けていること、または相手方が同(7)の(イ)記載のように同女及びその連子と共同生活をしているためその生活費を支弁していることそのことは、相手方の前記責任を免除または減少せしめるに値する事項ではない。なんとなれば、本件にあつては夫の妻(及びその子)に対する扶養即ち私的扶助は公的扶助に優先すべきものであり、相手方の同女及びその連子に対する扶養は法律上正当にして必要なるものでない(同連子は戸籍上相手方の直系卑属であるから、表見上相手方から扶養を受けうるものに該当するようではあるが、事実は同(7)の(イ)記載のような地位にあるもので、婚姻費用分担の合目的的見地から、かかる子と真実の子とを衡量すると、かかる子は法律上正当なる扶養料請求権者ではないと断ぜざるをえない。)からである。されば申立人の生活費及びその子等の監護養育費を含めた「婚姻から生ずる費用」についての審判を求めるものなる本件申立における生活費は相手方も分担せねばならぬところである。

そこで、如何なる限度においても相手方は本婚姻費用を負担すべきかについて検討する。

(1)  負債以外の婚姻費用の負担の限度はどうして算定すべきかについて考えるに、その算定方式には種々あるが、適切なるものとして次のものがあげられる。即ち申立人及び相手方の収入合計額を生活保護法による生活基準額(別表記載)を以つて最低生活需要費としてこの比率により按分し、申立人に配分された金額からその実収入額を控除した残額を以て相手方の婚姻費用分担額とすることこれである。この方式を適用すると、相手方の同費用分担額は金二〇、九八〇円となる。〔28,980円(申立人の配分額)-8,000円(申立人収入額) = 20,980円〕

(2)  次に叙上(7)の(ハ)記載の相手方債務額は婚姻費用として申立人の分担すべきものに属するかどうかについて考えるに、同債務中(A)の支払分については積極に解すべきも、同(B)の支払分については消極に解すべきである。なんとなれば、(A)の債務は民法第七六一条に所謂日常の家事に関するものには属しないため、債権者に対する関係(対外関係)においては相手方だけがその責めを負うべきであるが、夫婦間(内部関係)においては、その支払金は婚姻費用の範囲に属し、申立人もまた同責めを分かち負うべきである。そして(B)の債務は相手方の不法なる別居に基づくか、ないしは非要扶養者たる同女及びその連子に対する生活費供与のための必要に基づく性質のものであつて、(A)債務とは同一でないからである。而して(A)債務金に対する申立人の負担割合は相手方と平等であると解するのが最も公平の観念に適い、従つて負担額は金一、五〇〇円であるべきである。そうすると、相手方は申立人に対し婚姻費用分担金として、本申立のあつた昭和三八年七月から昭和三九年一〇月末日迄毎月金一万九、四八〇円(前記二〇、九八〇円から一、五〇〇円を控除した残額)ずつ、昭和三九年一一月から別居期間中金二万〇、九八〇円ずつ夫々支払う義務がある。

ところで、既に履行期の到来した前記支払金一九万四、八〇〇円(昭和三八年七月から同三九年四月までの毎月金一万九、四八〇円の割合による合計額)の債務については、叙上の相手方における実情に照し考えると、叙上(7)の(ロ)記載のように相手方が勤務先から年二回(七月と一二月)受領する賞与金毎回平均額相当の金三万七、〇〇〇円(端数切り捨て)のうち金二万〇、〇〇〇円ずつを完済に至る迄毎年七月末日及び一二月末日申立人方に持参又は送金して支払うべきが相当である。

叙上の次第により、本件申立は結局正当(判決が請求の趣旨額を超過して認容できないのとは異り、審判は申立請求額に拘束されることがないのは、家事審判の性質に基づく)として認容すべく、よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 井上松治郎)

別表

生活保護基準額並びに当事者双方収入配分額表

申立人

(中三の長女、小六の二女、

小四の三女の四人世帯者)

相手方

(単身世帯者)

合計

生活保護基準額

生活費

第一類

一四、〇七〇円 注

(申立人 三、二〇五

長女 四、〇〇五

二女 三、四三〇

三女 三、四三〇)

三、八八五

第二類

三、二八六

(家具什器燃料 二、七八〇

電気水道    五〇六)

二、五五六

(同右 二、〇五〇

五〇六)

一七、三五六

六、四四一

住宅費

一、二〇〇(実家賃)

二、三五〇(実家賃)

教育費

一、〇一五

(長女(中三) 四〇五

二女(小六) 二七五

三女(小四) 三三五)

合計

一九、五七一      (六九%)

八、七九一    (三一%)

二八、三六二

実収額

八、〇〇〇

三四、〇〇〇

四二、〇〇〇

収入按分額

二八、九八〇      (六九%)

一三、〇二〇   (三一%)

四二、〇〇〇

注 母子加算として金二、一八〇円あるべきところ、本表の目的上計上しない。

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